人間の誕生

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ローマの詩人オウィディウスは、天地の創造について述べたあと、人間の誕生について、次のように述べています。

「しかし、今までのところ、これら(=魚、獣、鳥)よりも崇高で、いっそう高度の知的能力をもち、ほかのものを支配することのできるような生き物がいなかった。こうして、人間が誕生した。よりよき世界の創始者である。 あの造物主が、みずからの神的な種から人間を作ったのかもしれないし、あるいは、できたばかりで、上空の霊気から切り離された直後の大地が、もとは同族であった天空の胚珠(はいしゅ)を、そのまま保持していたのかもしれない。あとの場合、その大地の土くれを、イアペトスの子プロメテウスが雨水と混ぜ合わせ、万物を支配する神々の姿に似せてこねあげたことになる。 で、他の動物たちはうつむきになって、目を地面に向けているのにたいして、人間だけは頭をもたげて天を仰ぐようにさせ、まっすぐ目を上げて空を見るようにいいつけた。このようにして、先ほどまでは荒涼として形もはっきりしていなかった大地が、一変して、これまでは知られなかった人間の姿で飾られるようになったのだ。」(『変身物語』巻一(岩波文庫、中村善也訳)

ギリシア・ローマ神話において、最初の女性は、「パンドラの誕生」をまたねばなりません。パンドラはプロメテウスの弟であるエピメテウスと結婚し、ピュラという名の娘を得ます。このピュラとプロメテウスの息子デウカリオンが結婚したころ、ゼウスは「大洪水」を起こしました(オウィディウスによれば、リュカオンを罰するためとされます。別の説明では、青銅の時代の人間の罪に激怒したためとされます)。

このとき、プロメテウスはその子デウカリオンと妻ピュラにあらかじめ洪水の警告を与え、二人に箱船をつくらせました(アポロドロス参照)。二人は洪水から救われますが、ゼウス(ないしはテミスといわれる)によって、「大いなる母の骨を、背後に投げよ」と告げられます。

このなぞめいた言葉の解釈をめぐって、二人は途方に暮れます。とうとうデウカリオンはつぎのように言いました。

「わたしの知恵に誤りがなければ、『大いなる母』というのは、大地のことだ。そもそも神託というものは、神聖で、悪事を勧めるものではない。思うに、大地のふところに包まれた石が、神託のいう『骨』であろう。石を背後に投げよというのが、われわれへの命令なのだ。」(『変身物語』)

このとおり二人は石を拾って背後に投げると、デウカリオンの投げた石は男に、ピュラの投げた石は女になりました。

オウィディウスによると、「そういうわけで、われわれ人間は、石のように頑健で、労苦に耐える種族となったのであり、こうして、われわれは、みずからの出生の起源を証拠だてている。」ということです。

オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)
オウィディウス Publius Ovidius Naso
4003212010

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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