ホラーティウスは、死という逃れられない定めについて、また人生の無常について、繰り返し説いています。そこから、権力や富への過度の欲望にとらわれるべきでないこと、今ある質素な暮らしに満足し、「今日この日を楽しめ」と歌うのです。
ある意味で、エピクロス派の幸福観を想わせます。次の詩の中には、「黄金の中庸」(Aurea Mediocritas)という有名な言葉が出てきます。ホラーティウスは、中庸の徳を大切にした人です。
X
Rectius uiues, Licini, neque altum
semper urgendo neque, dum procellas
cautus horrescis, nimium premendo
litus iniquom.
Auream quisquis mediocritatem 5
diligit, tutus caret obsoleti
sordibus tecti, caret inuidenda
sobrius aula.
Saepius uentis agitatur ingens
pinus et celsae grauiore casu 10
decidunt turres feriuntque summos
fulgura montis.
Sperat infestis, metuit secundis
alteram sortem bene praeparatum
pectus. Informis hiemes reducit 15
Iuppiter, idem
summouet. Non, si male nunc, et olim
sic erit: quondam cithara tacentem
suscitat Musam neque semper arcum
tendit Apollo. 20
Rebus angustis animosus atque
fortis appare; sapienter idem
contrahes uento nimium secundo
turgida uela.
『カルミナ(歌章)』(2.10)
君はもっと正しい生き方ができるだろう、リキニウスよ、
いつも大海にのりだすことがなければ、あるいは用心深く
嵐に怯えるあまり、危うい岸にあまりにも
しがみついたりしなければ。
誰であれ黄金の中庸を喜ぶ者は、
廃屋の汚れから無縁であってつつがなく、
嫉妬のもととなる館からも、冷静に
無縁でいられる。
巨大な松の木は、他のものにまして
風に揺さぶられること多く、そびえ立つ塔はひときわ激しく
崩れ倒れる。そして稲妻は、
山々の頂上を荒らすのである。
心がけのよい胸は、今とは別の運を、
逆境にあっては願い、順境では恐れる。
ユッピテルは、惨めな冬をもたらすが
その同じ神が
冬を取り除いてもくれる。たとえ今、悪しくとも
いつまでもそうではない。アポッローとて時に
沈黙した歌を掻き立てる、いつも弓を
引き絞っているわけではない。
苦難には、勇気を持って
力強く、対処せよ。しかしその一方、賢明になって、
あまりに順調な風に対しては、
はらんだ帆を畳め。
訳は逸身喜一郎、『古代ギリシャ・ローマの文学』(放送大学教育振興会、1996)の中からとりました(一部手を入れたところがあります)。
ホラティウス全集
鈴木 一郎