セネカ『倫理書簡集』17.5を読む:哲学の勧め

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セネカの『倫理書簡集』を読む:哲学の勧め(Sen.Ep.17.5)

言い訳せず、今すぐ哲学を学びなさい、という内容です。

(全文)
Sī vīs vacāre animō, aut pauper sīs oportet aut pauperī similis. Nōn potest studium salūtāre fiērī sine frūgālitātis cūrā; frūgālitās autem paupertās voluntāria est. Tolle itaque istās excūsātiōnēs: ‘nōndum habeō quantum sat est; sī ad illam summam pervēnero, tunc mē tōtum philosophiae dabō’. Atquī nihil prius quam hoc parandum est quod tū differs et post cētera parās; ab hōc incipiendum est. ‘Parāre’ inquis ‘unde vīvam volō.’ Simul et parāre <tē> disce: sī quid tē vetat bene vīvere, bene morī nōn vetat.

(語釈と逐語訳)
(1)Sī vīs vacāre animō, aut pauper sīs oportet aut pauperī similis.

sī: 「もし」。この文の場合、vīs(あなたが望む)とともに条件を表す従属文を導く。「もし(Sī)あなたが望む(vīs)なら」。
vīs: 不規則動詞volō,velle(~することを望む)の直説法・能動態・現在、2人称単数。不定法vacāre(暇である)を補語にとる。Sī vīs vacāreで「もし(Sī)あなたが暇であることを(vacāre)望む(vīs)なら」。なおvīsの形は名詞vīs(力)と同じである点で混同に注意。Sīの従属文がanimōまでとみなすとき、ここには名詞でなく動詞がくる。
vacāre: vacō,-āre(暇である)の不定法・能動態・現在。vīsの補語。
animō: animus,-ī m.(心)の単数・奪格(「場所の奪格」)。「心において」。
aut: 「あるいは」。aut A aut Bの構文で「あるいはA、あるいはB」。AとBには単語も文も入る。この文ではAに当たるのがpauper sīs、Bに当たるのがpauperī similis。ただしBには動詞sīsを補う。接続法を伴うAとB二つの従属文をoportet(~しなければならない)は要求。
pauper: 第3変化形容詞pauper,-eris(貧しい)の男性・単数・主格。ここでは名詞として使われ、「貧者」を意味する。
sīs: 不規則動詞sum,esse(~である)の接続法・現在、2人称単数。aut pauper sīs oportetで「あるいは(aut)あなたは貧者(pauper)である(sīs)ことが必要である(oportet)」。
oportet:  非人称動詞oportetの直説法・能動態・現在、3人称単数。主文の動詞となる。不定法あるいは接続法とともに「~しなければならない、~するのが必要である」を意味する。
aut: 「あるいは」。aut A aut Bの構文の2つ目のaut。
pauperī: 第3変化形容詞pauper,-eris(貧しい)の男性・単数・与格。ここでは名詞として使われ、「貧者」を意味する。similis(似ている)がこの与格を要求。
similis: 第3変化形容詞similis,-e(<与格>に似ている)の男性・単数・主格。oportet aut pauperī similisは「あるいは(aut)あなたは貧者に(pauperī)似て(similis)いる(sīs)ことが必要である(oportet)」。

<逐語訳>
もし(Sī)あなたが心において(anmō)暇であることを(vacāre)望むなら(vīs)、あなたは貧者(pauper)である(sīs)か(aut)、あるいは(aut)貧者(pauperī)に似ている(similis)ことが必要である(oportet)。

(2)Nōn potest studium salūtāre fiērī sine frūgālitātis cūrā;

Nōn: 「~でない」。potestを否定。
potest: 不規則動詞possum,posse(<不定法>ができる)の直説法・現在、3人称単数。この文は単文だが、potestはその動詞に相当。fiērī(~になる)を補語にとる。
studium: studium,-ī n.(学問、研究)の単数・主格。元の文脈では「哲学の研究」を意味する。
salūtāre: 第3変化形容詞salūtāris,-e(有益な)の中性・単数・主格。
fiērī: 不規則動詞fīō,fiērī(~になる)の不定法・能動態・現在。potestの補語。「研究は(studium)有益に(salūtāre)なることが(fiērī)でき(potest)ない(Nōn)」。
sine: 「<奪格>なしに」。英語のwithoutに相当。
frūgālitātis: 第3変化名詞frūgālitās,-ātis f.(倹約)の単数・属格。cūrāにかかる。「目的語的属格」の例。「倹約<への>配慮」とは「倹約<を>配慮すること」と言い換えられる。
cūrā: cūra,-ae f.(配慮)の単数・奪格。「倹約への(frūgālitātis)配慮(cūrā)なしに(sine)」。

<逐語訳>
(哲学の)研究は(studium)、倹約への(frūgālitātis)配慮(cūrā)なしに(sine)有益に(salūtāre)なることが(fiērī)でき(potest)ない(Nōn)。

(3)frūgālitās autem paupertās voluntāria est.

frūgālitās: frūgālitās,-ātis f.(倹約)の単数・主格。文の主語。
autem: だが
paupertās : paupertās,-ātis f.(貧乏)の単数・主格。文の補語。
voluntāria: 第1・第2変化形容詞voluntārius,-a,-um(自発的な)の女性・単数・主格。
est: 不規則動詞sum,esse(~である)の直説法・現在、3人称単数。文の動詞。この文はSVCの構文である(Sがfrūgālitās、Vがest、Cがpaupertās)。

<逐語訳>
だが(autem)倹約は(frūgālitās)自発的な(voluntāria)貧乏(paupertās)である(est)。

(4)Tolle itaque istās excūsātiōnēs:

Tolle: tollō,-ere(取り去る)の命令法・能動態・現在、2人称単数。excūsātiōnēsを目的語にとる。「言い訳を(excūsātiōnēs)取り去り給え(Tolle)」。
itaque: それゆえ
istās: (2人称に関連する)指示代名詞iste,ista,istud(それ、その)の女性・複数・対格。excūsātiōnēs(言い訳)にかかる。
excūsātiōnēs: excūsātiō,-ōnis f.(言い訳)の複数・対格。istās excūsātiōnēsで「君のその(istās)言い訳を(excūsātiōnēs)」。

<逐語訳>
それゆえ(itaque)君のその(istās)言い訳を(excūsātiōnēs)取りさりたまえ(Tolle)。

(5)’nōndum habeō quantum sat est;

nōndum: 「まだ~ない」。habeōを否定。
habeō: habeō,-ēre(持つ)の直説法・能動態・現在、1人称単数。nōndum habeōで「私はまだ持っていない」。
quantum: 関係代名詞「~ほど多くの、大きな」の中性・単数・対格。「~ほどの量を」。habeōの目的語。
sat=satis: 不変化の中性名詞satis(十分)の主格。quantumの導く従属文における補語。
est: 不規則動詞sum,esse(~である)の直説法・現在、3人称単数。quantumの導く従属文における動詞。

<逐語訳>
私はまだ(nōndum)十分(sat)である(est)ほどの量を(quantum)持っていない(habeō)。

(6)sī ad illam summam pervēnerō, tunc mē tōtum philosophiae dabō’.

sī: 「もし」。pervēnerō(私は達する)とともに条件を表す従属文をつくる。「もし(sī)私が達する(pervēnerō)なら」。
ad: 「<対格>に」。summam(総額)を補語にとる。
illam: 指示代名詞ille,illa,illud(あれ、あの)の女性・単数・対格。summamにかかる。ad illam summamで「あの(illam)総額(summam)に(ad)」。「あの」を言い換えると、「自分が思い描いていただけの」となる。
summam: summa,-ae f.(完成、総額)の単数・対格。pervēnerōの目的語。summaは文脈に照らすと、「貯金の総額」を意味する。
pervēnerō: perveniō,- īre(到達する)の直説法・能動態・未来完了、1人称単数。
tunc: 「そのとき」。「sī以下で示される条件が達成されたとき」を意味する。
mē: 1人称単数の人称代名詞、対格。dabōの目的語。
tōtum: 代名詞的形容詞tōtus,-a,-um(全体の)の男性・単数・対格。mēにかかる。mē tōtumで「私のすべてを」。
philosophiae: philosophia,-ae f.(哲学)の単数・与格。dabōの間接目的語。
dabō: 不規則動詞dō,-are(与える)の直説法・能動態・未来、1人称単数。mēを直接目的語、philosophiaeを間接目的語にとる。文脈に照らし、「捧げる」と訳すと自然。

<逐語訳>
もし(sī)あの(illam)総額(summa)に(ad)私が達したら(pervēnerō)、そのとき(tunc)私は自分(mē)全体を(tōtum)哲学に(philosophiae)与えるだろう(dabō)。

(7)Atquī nihil prius quam hoc parandum est quod tū differs et post cētera parās;

Atquī: しかし
nihil:   「無」を意味する不完全名詞(英語のnothingに相当)。単数・主格。
prius:  (quam以下)より先に(副詞)。
quam: 「~よりも」。英語のthanに相当。
hoc: 指示代名詞hic,haec,hoc(これ、この)の中性・単数・主格。関係代名詞quod以下の従属文がhocを説明する。
parandum: parō,-āre(準備する)の動形容詞、中性・単数・主格。estとともに「動形容詞の述語的表現」をつくる。nihil prius…parandum est.で「いかなるものも(nihil)先に(prius)準備されるべき(parandum)で(est)はない」。hoc parandum estで「これは準備されるべきである」。quam(~よりも)を入れてnihil prius quam hoc parandum estを解釈すると、「いかなるものも(nihil)これ(hoc)より(quam)先に(prius)準備されるべき(parandum)で(est)はない」。
est: 不規則動詞sum,esse(である)の直説法・現在、3人称単数。動形容詞parandumとともに「動形容詞の述語的表現」をつくる。
quod: 関係代名詞quī,quae,quodの中性・単数・対格。先行詞はhoc。differs(君が先送りする)とparās(君が準備する)の目的語。
tū: 2人称単数の人称代名詞、主格。従属文における主語。
differs: differō,differe(先送りする)の直説法・能動態・現在、2人称単数。quodを目的語にとる。
et: 「そして」。2つの動詞differsとparāsをつなぐ。
post <対格>の後で
cētera: 第1・第2変化形容詞cēterus,-a,-um(他の)の中性・複数・対格。ここでは名詞として使われている。「他のことがら」。post cēteraで「他のことがら(cētera)の後で(post)」。
parās: parō,-āre(用意する)の直説法・能動態・現在、2人称単数。

<逐語訳>
しかし(Atquī)いかなるものも(nihil)これ(hoc)より(quam)先に(prius)準備されるべき(parandum est)ものはない。すなわち、君が(tū)先送りし(differs)そして(et)他のことがら(cētera)の後で(post)用意する(parās)ところの(quod)これより先に。

(8)ab hōc incipiendum est.

ab: <奪格>から
hōc: 指示代名詞hic,haec,hoc(これ、この)の中性・単数・奪格。この代名詞の意味する内容は、前の文から「君が先送りし、他のことがらの後で用意するもの」と解される。
incipiendum: incipiō,-ere(始める)の動形容詞、中性・単数・主格。estとともに「動形容詞の非人称表現」を作る。「始められるべきである」。主語は示されない。「始めるという行為が行われるべきである」というのが直訳となる。日本語に直す際は、「始めるべきである」とするのが自然。
est: 不規則動詞sum,esse(~である)の直説法・現在、3人称単数。

<逐語訳>
これ(hōc)から(ab)始められるべき(incipiendum)である(est)。

(9)’Parāre’ inquis ‘unde vīvam volō.’

Parāre: parō,-āre(準備する)の不定法・能動態・現在。volōの補語。「私は準備することを(Parāre)望む(volō)」。
inquis:  不完全動詞inquam(言う)の直説法・能動態・現在、2人称単数。
unde: そこから~するところの(関係副詞)。先行詞 id(指示代名詞is,ea,idの中性・単数・対格)を補う。
vīvam: vīvō,-ere(生きる)の接続法・能動態・現在、1人称単数。(id) unde vīvamで「そこから(=それを基にして)(unde)私が生きることができる(vīvam)ところのもの(id)」。すなわち、「先立つもの」、「生きていく資金」を意味する。
volō: 不規則動詞volō,velle(<不定法>を望む)の直説法・能動態・現在、1人称単数。Parāreを補語にとる。

<逐語訳>
「そこから(unde)私が生きることができる(vīvam)ところのものを準備することを(Parāre)私は望む(volō)」とあなたは言う(inquis)。

(10)Simul et parāre <tē> disce:

simul: 同時に(副詞)
et: ~もまた
parāre: parō,-āre(準備する)の不定法・能動態・現在。disceの目的語。「準備することを(parāre)学べ(disce)」。
tē: 2人称単数の人称代名詞、tūはparāreの目的語。<>は校訂者による補いを意味する。
disce: discō,-ere(学ぶ)の命令法・能動態・現在、2人称単数。parāreを目的語にとる。

<逐語訳>
同時に(Simul)自分を(tē)準備すること(parāre)も(et)学べ(disce)。

(11)sī quid tē vetat bene vīvere, bene morī nōn vetat.

sī: 「もし」。条件を表す従属文を導く。文脈に照らし、「もし~としても」と訳す。
quid=aliquid: 不定代名詞aliquis,aliquid(誰か、何か)の中性・単数・主格。sī quidで「もし何かが」。aliquisはsīなどの後ではali-を取ったquisの形で代用される。
tē: 2人称単数の人称代名詞、対格。vīvereの意味上の主語(「対格不定法」)。
vetat: vetō,-āre(禁じる)の直説法・能動態・現在、3人称単数。quidが主語。
bene: よく(副詞)
vīvere: vīvō,-ere(生きる)の不定法・能動態・現在。
morī: 形式受動態動詞morior,-ī(死ぬ)の不定法・現在。

<逐語訳>
もし(sī)何かが(quid)君が(tē)よく(bene)生きることを(vīvere)禁じる(vetat)としても、よく(bene)死ぬことは(morī)禁じ(vetat)ない(nōn)。

<訳例>
もし君がとらわれることのない心を望むなら、貧者になるか、貧者をまねるか、いずれかであるべきだ。質素倹約を心がけずに勉学は有益なものにはならない。だから、こんな言い訳をするのはよしたまえ、「私にはまだ十分お金がありません。貯金が思った額に達してから全身全霊を哲学に捧げます」というのは。むしろ、君が先延ばしし、他のことがらのあとに用意するものこそ、なにより先に用意すべきものなのだ。まさしく、このことからまず始めねばならない。君は言うだろう、「私は生きていく資金を用意したいのです」と。(お金でなく)君自身の準備をすることも同時に学び給え。君に立派な生き方を禁じるものがあっても、立派な死に方を禁じるものはないのだから。(岩波書店、高橋宏幸訳)

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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