噂の女神:これよりも速い害悪はほかにない(ウェルギリウス・アエネーイス)

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「噂」(ファーマという女神)について

『アエネーイス』第4巻に「噂」の女神が登場します。fāmaは「噂」を意味する一般名詞ですが、173行目を見るとFāma(ファーマ)と大文字で使われています。これは女神として扱われている例です。ただし「害悪」(174 malum)とも「恐ろしい怪物」(181 monstrum horrendum)とも表現されています。なぜでしょうか。

「噂」は「真実を伝える一方で虚偽とねつ造を知らせてやまず」(188)、「様々な話によって民衆の耳を満たし、事実も事実でないことも一緒にして伝える」(189-190)からです。この箇所を読むと、「噂」は今の時代にも生きているような気がしてきます。

『ギリシア・ローマ名言集』18番で紹介されている箇所

同書p.90ではウェルギリウス『アエネーイス』第四歌173-177行目について、岡・高橋訳が次のように紹介されています。

「噂」、これよりも速い害悪は他にない。/ 動きが加わるや勢いづき、進むにつれて力を身に帯びる。/ はじめこそ怖がって身を縮めているが、すぐに上空へと伸び上がる。/ 地上を歩みながら、頭は雲のあいだに隠れている。

対応するラテン語は次の通りです。

Fāma, malum quā nōn aliud uēlōcius ullum:
mōbilitāte uiget uīrīsque adquīrit eundō, 175
parua metū prīmō, mox sēsē attollit in aurās
ingrediturque solō et caput inter nūbila condit.

この四行のラテン語を一字一句分析して直訳を作ってみましょう。

語彙と文法

Fāma: fāma,-ae f.(噂)の単数・主格。
malum: malum,-ī n.(悪)の単数・主格。
quā: 関係代名詞quī,quae,quodの女性・単数・奪格。先行詞はFāma。「比較の奪格」。
nōn: 「~でない」。
aliud: 代名詞的形容詞alius,-a,-ud(他の)の中性・単数・主格。
uēlōcius=vēlōcius: 第3変化形容詞vēlox,-ōcis(速い)の比較級、中性・単数・主格。
ullum: 代名詞的形容詞ullus,-a,-um(<誰か、何か>ある)の中性・単数・主格。
mōbilitāte: mōbilitās,-ātis f.(動きやすさ)の単数・奪格。
uiget=viget: vigeō,-ēre(力を持つ)の直説法・能動態・現在、3人称単数。
uīrīsque=vīrīsque: vīrīsは不規則な女性名詞vīs(力)の複数・対格。-queは「そして」。前後の文をつなぐ。
adquīrit=acquīrit: acquīrō,-ere(得る)の直説法・能動態・現在、3人称単数。
eundō: 不規則動詞eō,-īre(行く、進む)の動名詞、奪格。
parua=parva: 第1・第2変化形容詞parvus,-a,-um(小さい)の女性・単数・主格。
metū: metus,-ūs m.(恐怖)の単数・奪格。
prīmō: 第1・第2変化形容詞prīmus,-a,-um(最初の)の男性・単数・奪格。metūにかかる。
mox: やがて
sēsē: 3人称の再帰代名詞suī(自分)の男性・単数・対格。
attollit: attollō,-ere(持ち上げる)の直説法・能動態・現在、3人称単数。
in: <対格>の中に
aurās: aura,-ae f.(大気)の複数・対格。
ingrediturque: ingrediturは形式受動態動詞ingredior,-dī(進む、前進する)の直説法・現在、3人称単数。-queは「そして」。
solō: solum,-ī n.(大地)の単数・奪格。
et: 「そして」。前後の文をつなぐ。
caput: caput,-pitis n.(頭)の単数・対格。
inter: <対格>の間に
nūbila: nūbila,-ōrum n.pl.(雲)の対格。
condit: condō,-ere(隠す)の直説法・能動態・現在、3人称単数。

<逐語訳>
噂は(Fāma)、それより(quā)いかなる(ullum)他のものも(aliud)より速い状態(uēlōcius)でない(nōn)悪(malum)(である)。/ それは動きやすさ(mōbilitāte)を伴って(uīrīs)力を持ち(uiget)、そして(-que)進むことによって(eundō)力を(uīrīs)得る(adquīrit)。/ それは、最初の(prīmō)恐怖を伴って(metū)小さい(parua)(=最初は恐怖から小さくなっている)が、やがて(mox)自らを(sēsē)大気(aurās)の中に(in)持ち上げる(attollit)。そして(-que)大地の上で(solō)前進する(ingreditur)。そして(et)頭を(caput)雲(nūbila)の間に(inter)隠す(condit)。

表題前後の文脈(テクストと和訳)

参考まで、表題の言葉前後のテクストと日本語訳(試訳)をご紹介します。

169-172
ille dies primus leti primusque malorum
causa fuit; neque enim specie famaue mouetur 170
nec iam furtiuum Dido meditatur amorem:
coniugium uocat, hoc praetexit nomine culpam.

この日が破滅の始まりであり、これが災いの最初の
原因であった。ディードーは見栄や評判を気にすることなく、
人目を憚る恋について思い煩うこともなくなった。
彼女はこれを結婚と呼び、この名によって罪を覆い隠した。

173-177
Extemplo Libyae magnas it Fama per urbes,
Fama, malum qua non aliud uelocius ullum:
mobilitate uiget uirisque adquirit eundo, 175
parua metu primo, mox sese attollit in auras
ingrediturque solo et caput inter nubila condit.

ただちにリビュアの大きな町中に「噂」が広がる。
「噂」、それ以上に素早い害悪はない。
動き回ることで元気づき、進むほどに力を増す。
初めは恐る恐る小さくなっているが、やがて空高く伸び上がる。
地上を進みながら、頭は雲の間に隠れている。

178-183
illam Terra parens ira inritata deorum
extremam, ut perhibent, Coeo Enceladoque sororem
progenuit pedibus celerem et pernicibus alis, 180
monstrum horrendum, ingens, cui quot sunt corpore plumae,
tot uigiles oculi subter (mirabile dictu),
tot linguae, totidem ora sonant, tot subrigit auris.

その母は大地の女神で、神々への怒りに駆られながら、
コエウスとエンケラドゥスの妹となる「噂」を最後に
生み出したと言われる。足は素早く、敏捷な羽根をつけた
巨大で恐ろしい怪物だ。体についた羽根の数だけ
体の下方に不眠の目をつけていて、語るもおぞましい。
同じ数の舌と口が音を出し、同じ数の耳が直立する。

184-188
nocte uolat caeli medio terraeque per umbram
stridens, nec dulci declinat lumina somno; 185
luce sedet custos aut summi culmine tecti
turribus aut altis, et magnas territat urbes,
tam ficti prauique tenax quam nuntia ueri.

夜になると天と地の真ん中を飛び、暗闇を通じて
不快な音を出す。心地よい眠りに瞼を閉じることもない。
日中は館の屋根のてっぺんや高い塔の上に座って
目をこらし、大きな町々を脅かす。
真実を伝える一方で虚偽とねつ造を知らせてやまない。

189-190
haec tum multiplici populos sermone replebat
gaudens, et pariter facta atque infecta canebat: 190

このときも「噂」は、様々な話によって民衆の耳を満たし、
喜々として、事実も事実でないことも一緒にして次のように語っていた。

191-194
uenisse Aenean Troiano sanguine cretum,
cui se pulchra uiro dignetur iungere Dido;
nunc hiemem inter se luxu, quam longa, fouere
regnorum immemores turpique cupidine captos.

「トロイアの血筋に生まれたアエネーアースがやってきた。
麗しいディードーはこの男に嫁ぐのがふさわしいと考え、
いまは冬が長く続く間、気まぐれに互いの体を温め合い、
王国のことも忘れ、恥ずべき情欲にとらわれている」。

195-197
haec passim dea foeda uirum diffundit in ora. 195
protinus ad regem cursus detorquet Iarban
incenditque animum dictis atque aggerat iras.

こんな話を忌まわしい噂の女神はあちこちの男どもの口に広めると、
続いてまっすぐイアルバース王のもとにはせ参じ、
言葉巧みにその心に火を放ち、怒りを募らせた。

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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