
語彙と文法
「グッタ・カウァト・ラピデム・ノーン・ウィー・セド・サエペ・カデンドー」と読みます。
guttaはgutta,-ae f.(滴)の単数・主格です。文の主語です。
cavatはcavō,-āre(穴をあける)の直説法・能動態・現在、3人称単数です。
lapidemは第3変化名詞lapis,-dis m.(石)の単数・対格で、cavatの目的語です。
nōnは「~でない」。vīを否定します。
nōn A sed Bの構文で「AでなくむしろB」を意味します(英語のnot A but Bと同じ)。
vīは不規則な第3変化の女性名詞vīs(力)の単数・奪格です(「手段の奪格」)。
sedは「しかし、むしろ」。nōn A sed B(AでなくむしろB)の構文におけるsedです。
saepeは「しばしば」。cadendōにかかる副詞です。
cadendōはcadō,-ere(落下する)の動名詞、奪格です(「手段の奪格」)。「落下することによって」。
「滴は岩に、力によってではなく、何度も落ちることによって、穴をあける」と訳せます。
「雨垂れ石を穿つ」と同じ趣旨の言葉で、「継続は力なり」と意訳することもできます。

「水滴石穿(すいてきせきせん)」という言葉を思い出します。
第3変化名詞vīs f.力の変化
| 単数 | 複数 | |
| 主格(呼格) | vīs | vīrēs |
| 属格 | (vīs) | vīrium |
| 与格 | (vī) | vīribus |
| 対格 | vim | vīrīs (vīrēs) |
| 奪格 | vī | vīribus |
韻律について
この表現は叙事詩の韻律で書かれています。
Gutta ca | vat lapi | dem nōn | vī sed | saepe ca | dendō.
左から順に、長・短・短 | 長・短・短 | 長・長 | 長・長 | 長・短・短 | 長・長 |となります。全部で6つの脚があります。
ルクレーティウスに次の表現があります(『事物の本性について』第四巻)。最終行に、表題のモチーフが認められます。当時のことわざ・格言の類だったと思われます。
1278-1287
Nec divinitus interdum Venerisque sagittis
deteriore fit ut forma muliercula ametur;
nam facit ipsa suis interdum femina factis 1280
morigerisque modis et munde corpore culto,
ut facile insuescat secum [te] degere vitam.
quod super est, consuetudo concinnat amorem;
nam leviter quamvis quod crebro tunditur ictu,
vincitur in longo spatio tamen atque labascit. 1285
nonne vides etiam guttas in saxa cadentis
umoris longo in spatio pertundere saxa?
時おり、容姿の劣る女が愛されるのは、
神々の力によるものでも、ウェヌスの矢によるものでもない。
というのも、女は折にふれ、自らの行動や 1280
従順なふるまい、きちんとした身だしなみによって、
男が容易に自分と共に暮すことに慣れるよう仕向けるからであり、
さらにつけ加えると、習慣が愛を生み出すのである。
実際、どんなに軽微な打撃であっても、絶え間なく
受け続けたものは、長い間には屈服し、崩れてしまう。1285
岩に落ちる雨粒ですら、長い時間をかければ
その岩に穴を開けるのを目にするではないか。









コメント
コメント一覧 (2件)
ずいぶん前の週刊ポストに、
in perseverantia veritas(継続は力なり)とでていたのを思い出しました。
ことわざの訳には、いろいろあるとは思いますが、
いかがでしょうか。
コメントをありがとうございます。ご紹介下さったラテン語は、Gutta cavat…に通じる内容を伝えていると思います。In perseverantia veritas.をRom (Read only member) の方のために補足しますと、perseveroは「やり通す、持続する」を意味する動詞で、この名詞形がperseverantiaとなります。perseverantiaは「堅忍、不屈」という訳語が辞書に見つかりますが、「一つのことをやり通すこと」が元の意味でしょう。veritasは訳しづらい言葉ですが、基本は「真理」です。短く訳すと「堅忍不屈の中に真理あり」で、言葉を足して意訳すると、「一つのことをやり通す中に真理がある」。自由に意訳すると、「脇目も振らず一つのことをコツコツ継続することが偽りなき生き方である」も許容範囲かと。内容的に、Age quod agis.とつながる部分もあると思います。